午前0時の恋人契約
「……でも結局、再婚を決めた相手に『前の男との子供なんていらない』と言われて、母は迷わず私の親権を父に譲りました」
「……結局は、男次第か」
「でも引き取ってくれた父は、忙しい中可愛がってくれて、この歳まで充分幸せに暮らしてこられたので。それだけで、なによりでした」
お父さんは、この歳の娘の結婚を心配してお見合い相手を用意してしまうくらい、ちょっと過保護なところもあるけれど、すごく大切に育ててくれた。
『あんな母親の元へ行かせてごめん。あの時、すみれのことをもっとよく考えて、意地でも親権をとっておくべきだった、父さんのせいだ……』
そう、私のために泣いて、抱きしめてくれたあの日から。
過ごす時間は少なくとも、目一杯の愛情で。
「でも、子供心に知ったんです。恋は人をダメにしてしまうこと。……私には、あの人と同じ血が流れているのだから、尚更」
恋は人を、ダメにする。
それは恋に狂う母を見て、嫌というほど思い知ったこと。
そんな母と同じ血が流れている私も、同じようになるかもしれない。恋をして、誰かを傷つけるかもしれない。
そう思うと、恐怖しか感じられなかった。
「でも、そんな私にも20歳の頃初めて恋人ができました。優しくて誠実な人で……恋をすることに不安もあったけど、彼となら大丈夫かもしれないって」
それは、生まれて初めての恋愛。
好き、かどうかはまだよく分からなかったけど、穏やかな彼との居心地はよくて、彼とならきっとという期待もあった。だけど。
「だけど、嫌われたくなくて彼の顔色を読むしかできなかった。……いつしか好意の気持ちより、嫌われたくない気持ちばかりが強くなっていって」
好かれたい、嫌われたくない。
情けないところ、ダメなところは見せたくない。弱音も愚痴も聞かせたくない。否定をして嫌な気持ちにもさせたくない。
その思いはいつしか、私をあの頃と同じに戻らせた。
いつも笑顔で、なんでも頷いて、自分の意見などなく同調するしかできない。
どんどん分厚くなっていく仮面と、心の壁。