夕暮れ旅館
「もう嫌!」
私はばっと立ち上がると、開いたままの扉に向かって駆け出した。
「待ちなさい!」
という女の声にも耳を貸さずに。
戸を開け、飛び石を渡り、門まで来て……。
下を見ずに門を開け、一歩、踏み出した。
体の上下左右が夕焼け色に包まれる。
落ちてるんだ、と、なぜか穏やかな気持ちで思えた。体の横を温かな風がものすごい速さ通り過ぎるのがわかる。私は地面に近付くのにつれて意識が遠のくのを感じながら、ゆっくりと目を閉じた。
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