4番青年の快走
この時期なのにまだぬるい潮風。
街灯のおかげでまだ外はそれほど暗くもないから景色はまっすぐにこの目に飛び込んできて、背中のぬくもりと相まって、またあたしの鼻の奥をツンとさせた。
なんだこれ、そろそろ歳かな。
橘家の裏庭から広がる丘。その向こうの木々たちの、そのまた向こうの海岸沿い。
そこを、ケツに伊吹を乗っけたあたしのバイクは走っている。
“ 俺ね、またバイク乗りたい ”
“ それであの海、また走りたい ”
“ けどやっぱ運転あぶねえから ”
“ おねがい、紅音さん後ろ乗っけて ”
そりゃそうだろうな、と思った。
だって入院前は、病が見つかる前は、暴走族やめても毎日バイクに乗ってた男だ。
そりゃあ乗りたいだろ、帰ってきたら、まず。
急に断たれた感覚を取り戻したいだろ、って。
だけどあたしもこいつのこと大事だから、無理って言った。だって危ねえ。
「んなのバレたらあたしが医者に叱られるだろうがっ」
「叱らねえっすよあいつは!」
「茅野先生だろあいつ呼びやめろ!」
「カヤノセンセイは叱らねえっ」
悔しそうにその名前を呼んだ、伊吹の顔。
伊吹の口から聞くと、鮮明によみがえった言葉。