4番青年の快走




「やり残したことねえの」



各々が好き勝手に散っていき、また椅子に座る伊吹とその横に立つ俺だけになったとき。

思いついたように落とした俺の声に、伊吹はゆっくりこっちを向いた。



「なに?」

「なんかねえの。やり残したこと」

「んー……」



すぐに伊吹は視線を空に向けて、思い出すように低くうなる。
同時に風が隙間を通るようにヒュッと喉が鳴ったのが聞こえて俺は咄嗟に様子をうかがったけど、そんなこと気にしていないように伊吹は少し黙ってからまた、口を開いた。



「ねえなー」



弱々しくもあっけらかんとしたその声に、どうせまあ、嘘なんてないのだろうけど。



「……ひとつも?」

「ひとつも」

「まったく?」

「まったく」

「本当に?」

「なんだよっ。……あー、強いていえば100億円当てたかった」



しつこく問えば、思い出したように伊吹が言った。

…………こいつ。



「あっそ」

「何だよテメーが聞いてきたんだろ」

「あーはいはいそうな。お前ってアホだったな」

「あぁ?」



驚いて笑うしかねえだろそんなの。


そうかよ。楽しそうだな。
本当に辛くねえんだ。苦しくねえんだな。

前みたいに喉や胸を叩く癖も絞り出すような声もなくなった。それよりもっと前の、ハイパー自由でアホなこいつだ。


それなら何より。よかった。



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