【短編】甘い罠
私はピアノを弾いた。


もちろんいつもの曲。


なんだか今日は彼に違和感を感じたけれどあまり気にはしなかった。


ピアノを弾いたら、いつもみたいに静かになって真剣に聞いてくれていたから。





元に戻った、って思ったから。








「いつもありがとう。じゃあ今日は帰るね。また明日。」



今日は会話が少なかった。


昨日はあんなにも話してくれたのにな。


・・・って、これじゃなんだか私が“寂しい”って言ってるみたいじゃん。


そんなわけないのに。


静かな空間が私は好きなのに。


だからこの誰も居ない音楽室に来ているんだ。












小さな胸の痛みの原因を、この時の私はまだ知らなかった。

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