千代紙の小鳥


夏の熱気で患者が体調を崩さぬ様、24時間稼働している冷房は、短い時間で体内の水分を奪っていく。

最近は随分と身体の調子も良く、家から歩いて20分程の距離にある古書堂で一目惚れした冒険物語から目を離し、棚の引き出しからがま口を取り出して自動販売機がある談話室へと足を進めた。

夕食も終わり、一般病棟でおむつ交換を要する患者の少ないこの階は、医者も看護師も今は各待機場所で仕事を行っている様で、廊下歩く人は私以外誰もいない。

(オレンジにしよう。)

商品とサイズ、氷の有無を選択し終わると、紙コップにスーと液体が注がれていく音が静かに響く。

注入終了の音が鳴って半透明の琥珀色の扉を引いてコップを引き出し、大きな窓にくっついて置かれたテーブルにそれを置いて椅子に腰かける。

診察時間、面会時間が終了した病院の庭には草木と道を照らす照明の光。駐車場には、ぽつりぽつりと車が散らばっている。

(静かね。)

渇いた喉にオレンジの水を流すと、適度に冷たいそれが食道を落ち流れていくのがわかった。

「あ。」

冷たいそれが身体の中心部分で冷たさを無くしたのを感じたのと似たような瞬間に、十メートル下で赤い光が回転しながら救急搬送口があるのだろう場所に止まった。

その数分後に黄色味のある車のライトが駐車場で止まり、助手席から一つ、後部座席から二つ、小さい頭がそれよりは大きな頭に手を繋がれながら、救急車の止まっていた場所へと足早に消えていった。

(大事じゃないといいな。)

誰とも知れない搬送車の無事を軽く思い、水滴の生まれない乾いたそれに入ったオレンジを、また体内へと落とし流した。
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