彼の鯛焼きにはあんこが入っていない
近くの銭湯で汗を流して戻ってきた。
「移動販売式の鯛焼き屋さん見つけたんです」
西山に一つ手渡す。
西山なら一口目でお腹あたりまで喰らいつきそうだったが、なにやら鼻に押しつけクンカクンカしている。
「大丈夫ですよ、アンコなしですから」
「お前、なんでそれ…」
「小豆が嫌いなんですよね?赤飯もそうだし、アンコという小豆を投げるのも、口に近いほうが投げやすいのに」
「いや、なんか物心ついた時から食えねーんだよ」
「勿体無い、こんな美味しいのに」
「俺は皮だけでいいの。無欲の男」
「欲は関係ないと思います」
パクリと鯛焼きにかぶりつく。
程よい甘さのアンコと、パリモチっとした皮のバランスがまた絶妙‼︎
「あ、あとこれも」
私は袋から、缶ビールを取り出した。
「あ、ビールはまずい」
「え、まさか飲めない?」
「いや、まだ早いって」
「でももう、夕方ですけど?」
私が首を傾げたのと、西山に小豆を手渡されたのと、扉が開いたのと、声がかかったのは、ほぼ同時だった。