アイザワさんとアイザワさん

周りを見渡す。

どうやら翠さんの言葉を聞いたのは俺だけのようだった。相沢さんに伝えようと動きかけて… ふと思った。


これはほんとうに伝えたほうがいい事か?

いつもとは違う様子がちょっと気になっただけ。ただそれだけのことだ。

確か、翠さんは今まで特に問題のある行動は無かったはずだ。


さっきの裕美との会話で、彼女はやっぱり今日はこれから彼氏と会うのだということが分かってしまっていた。



それを分かって、翠さんの様子が気になるって……言いにくいだろ。

翠さんが『出かけるなら一緒に付いていく』って言ってたけど、大丈夫かな?そう伝えるなんて……彼氏のところに『行かないほうがいい』って遠回しに言ってるようなもんじゃないか。


言いにくい理由は、まだあった。今話しかけてしまうと瞬や裕美の耳にも入ってしまう。
瞬にからかわれるのは嫌だったし、裕美にあれこれ詮索されるのは面倒だった。



今思うと……下らない保身だったと思う。
きちんと伝えてあげれば良かったんだ。
この言葉を聞いてどうするかを決めるのは俺じゃなかったんだから。


俺はこの時、自分のことだけを考えて『医師』として当たり前の行動をしなかった。


心の中ではその通りに君に『行かないでくれ』と思っていたから。
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