アイザワさんとアイザワさん

辛い記憶をしまい込んで、現実から逃げるのは簡単だ。私も長い間ここに来ることができなかった。


「私、ずっとここに来たら悲しい記憶ばかりを思い出してしまうんだと思ってました。……でも、違うんですね。ここに来ても悲しい気持ちにはならなかったんです。おばあちゃんと過ごした、たくさんの楽しい思い出だけを思い出しました。」


そして、私は相澤の目を見つめながら話を続けた。その心に届くように。


「たったひとつの辛い出来事だけで積み重ねた思い出まで塗りつぶさないで欲しいって、この前そう言ってましたよね。」


「デイサービスのことだけじゃないんです。ここだって、辛いことより楽しいことのほうがたくさんあった場所のはずだったんです。私、やっとおばあちゃんのことを楽しい思い出と一緒に思い出すことができたんですよ。」


「……あなたが私に教えてくれたんです。過去にとじ込もっていた私をあなたは変えてくれたんです。」



嫌いになってもいい……とあなたは言ったけど、嫌いになれるはずなんてなかった。



だって私はあなたのことが好きになってしまっていたんだから。



時折見せる優しくて甘い笑顔が好き。



躊躇いがちにそっと触れる温かで柔らかな手の感触が好き。



シトラスの香りのするその身体も、口唇も。




「初花」と私の名前を愛しげに呼ぶ穏やかなその低い声も……




全部、全部好き。


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