アイザワさんとアイザワさん

樹さんは母親の方を見てこんなことを言った。


「本当は最初にお会いした時に『初めまして』とご挨拶するつもりだったんです。だけど、『初めまして』とはご挨拶できませんでした。お母さんとは、今日お会いするのが初めてではなかったんです。」


「私は……5年前までは医師として水元医院に勤めていました。何度かお会いしています。私も『相澤』ですし、さほど珍しい名字でもないので医院に居る時は……あなたが初花さんのお母さんだとは気がつきませんでした。」


その言葉を聞いて、母親がはっと何かに気がついたような表情になった。



「えっ……樹……って……樹先生ですか?水元先生の息子さんの?!」


母親の言葉に樹さんは、はい、そうですと静かに頷いた。


何度か……会っている?
樹さんは何を言っているんだろう。
水元医院で会っていて……お母さんを知っているなんて……


「でも、だいぶ雰囲気が変わって……『水元』さんじゃないんですか?」


母の疑問は最もだった。私だって最初は混乱したのだ。でも、どうしてお母さんが樹さんのことを知っているんだろう。


おばあちゃんの通院の付き添いも、デイサービスで行事がある時も、いつも私が行っていたから、樹さんとの接点はないはずだ。
しかも……樹さんの名前を知っている人は、医院のほうに出入りをしていた人だけだ。


母の疑問とは違う疑問を感じて若干混乱している私を置いて、そのまま話は進んでいった。
< 282 / 344 >

この作品をシェア

pagetop