アイザワさんとアイザワさん

その時「あんまり広めないでくださいよ。柏谷…じゃなくて、新川さん。」


私達の会話を見かねた様子で、フライヤーのある部屋のほうから、樹さんがやって来てやんわりと注意をした。


シトラスの香りがする。
どうやら夜勤を終えた樹さんは、またしてもフライヤーの換気扇の下で『タバコ休憩中』だったようだ。


「店長も私の名字間違えないでくださいねー。」


茜さんは注意を気にすることもなく、そう答えた。


つい先日、茜さんの離婚が成立した。
話し合いの末…元旦那さんが折れて、翔くんは無事茜さんが引き取って育てることになったのだ。


その話を聞くなり、樹さんは「力になれることがあったら何でも言ってください。」と茜さんに声をかけていた。


たぶん、自分も両親が離婚して苦労したからいろいろと思うところがあったんだろう。



茜さんの言葉に「分かりましたよ。新川さん。」ときちんと名字で返した樹さんを見て、昨日から心にためこんでいたもやもやがちょっとだけ顔を出してしまった。


その衝動に逆らうことなく、私はこんな言葉を口にした。


「…大体、名字を気にするなんてこんな煩わしいことに時間を費やすようになったのは、『こいつ』が現れてからですからね。」
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