アイザワさんとアイザワさん

「お前、どうしてあの日キスしたんだよ?」
相澤が愉快でたまらない、といった様子で私に聞いてくる。やっぱりからかっているとしか思えない口調に、ほんとのことが言えなかった。


あなたが誰かを想って泣いているのを見てしまったから……思わずキスをしてしまいました。


……なんて、絶対に言えない。


「店長……寝てる顔は格好いいのになぁって思って……私が悪かったんですけど、事務所まで連れて行ったのも大変だったからキスくらいしてもいいかな、って……」


もっともらしい理由をつけて誤魔化した。


そんな私を見ながら、相澤は「まあ、理由はどうでもいいけど」と言った。


じゃあ聞かないでくださいよ……そう言って相澤から距離を置こうとしたけど、相変わらずドアを背にして、私達の距離は近いままだ。


間近でじっと見つめられる。
そしてフッと意地の悪い笑いを浮かべながらこう言った。


「最初にキスしてきたお前が悪いんだからな?……嫌なら逃げろよ?」


そう言いながら、相澤は両手で私の頬にそっと触れた。

そのまま、ゆっくりと手は後ろに滑っていき、頭の後ろへと回された。


次に何をされるかは何となく分かってしまったけど……私は逃げることができなかった。
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