【短編】好き、です。

「2008年8月3日午前5時頃、居眠り運転をしていたトラックの運転手が赤信号に気づかず、交差点を右折してきた乗用車と追突するという事故が発生した。この事故でトラックを運転していた男性が軽傷を負い、乗用車に乗っていた男女2名が死亡した。」




つらつらと述べる雫の言葉に、教室にいる誰もが息を呑んだ。



「この事故で亡くなった2人って、誰か分かる?」



まるで全ての感情を無くしたかのように、雫が無表情で問うた。



「ねえ、稲沢」



襟元を掴まれたままの稲沢はビクリと肩を揺らした。



先程までの威勢はどこにいったのか、その顔は真っ青に染まっている。



「誰かわかる?」



その瞬間、雫は笑みを称えていた。



誰も見たことのない、無情で脆く儚げな、今にも壊れてしまいそうな笑みだ。



「ぁ……」



稲沢の口から漏れたのは、言葉ではなかった。



それっきり口を閉ざしてしまった。






「…私のお父さんとお母さんだよ」



稲沢の言葉を代弁するように雫は言った。


< 19 / 30 >

この作品をシェア

pagetop