【短編】好き、です。
「2008年8月3日午前5時頃、居眠り運転をしていたトラックの運転手が赤信号に気づかず、交差点を右折してきた乗用車と追突するという事故が発生した。この事故でトラックを運転していた男性が軽傷を負い、乗用車に乗っていた男女2名が死亡した。」
つらつらと述べる雫の言葉に、教室にいる誰もが息を呑んだ。
「この事故で亡くなった2人って、誰か分かる?」
まるで全ての感情を無くしたかのように、雫が無表情で問うた。
「ねえ、稲沢」
襟元を掴まれたままの稲沢はビクリと肩を揺らした。
先程までの威勢はどこにいったのか、その顔は真っ青に染まっている。
「誰かわかる?」
その瞬間、雫は笑みを称えていた。
誰も見たことのない、無情で脆く儚げな、今にも壊れてしまいそうな笑みだ。
「ぁ……」
稲沢の口から漏れたのは、言葉ではなかった。
それっきり口を閉ざしてしまった。
「…私のお父さんとお母さんだよ」
稲沢の言葉を代弁するように雫は言った。