理屈抜きの恋
「おい。離せ。」

「む、無理です。」

「これじゃ寝かせられない。」

「じゃあせめて部屋を暗くしてもらえませんか?」

「俺、撫子の顔好きなのに。」

「暗くても見えますよ。多分…。」

どの程度暗くなるかは分からないから保障は出来ないけど、まるっきり見えなくなるほど暗くなることはないだろう。
と思ったのだけど、すべての電気を消したら真っ暗になった。

その暗さは恐怖すら覚えるほどで、さらに涼さんに抱きつくと、ゆっくりと手が外され、手は涼さんの掌に包まれた。

「撫子。」

「は…はい。」

「撫子。」

「はい。」

「ちゃんといるよな?俺のところにいるよな?」

真っ暗で存在は目には見えない。
でも手のぬくもりも、息遣いも、涼さんのすべてをすぐ近くに感じられる。

「いますよ。涼さんの前にいます。」

涼さんにも同じように私を感じて欲しくて、繋がれた手を自分の頬に当てると優しく撫でてくれた。

「最上より俺を選んでくれてありがとう。正直、撫子を失うと思ったら正気でいられなかった。今、ここにいてくれて本当に嬉しいよ。絶対に大事にする。辛い想いや悲しい想いはさせない。だから一生、そばにいてくれないか?」

辛い想いをさせてしまったのに、そう言ってくれる気持ちが嬉しくて涙が零れる。

「泣いているのか?」

「う、う、嬉し泣きです。」

そう言うと涼さんは私の涙を掬うように目じりに唇を当てた。

「俺、嫉妬深いし、上手くエスコート出来ないような男だけど、よろしくな。」

「私こそ、何かが起こるたび、周りが見えなくなってしまうような女ですけど、よろしくお願いします。」

「いいよ。これからは俺の事だけしか見えないようにしてやるから。」

そう涼さんが言った時、真っ暗で何も見えなかった室内に、涼さんの姿だけが見えるようになった。

それは単純に目が慣れたからなのだろうけど、そういう物理的な事は抜きにして、私には涼さんしか見えない。

涼さんの顔を手で包み、涼さんの唇に唇を触れる。

「愛しています。」

「俺もだよ。」




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