理屈抜きの恋
「撫子」

ぼんやり会社へと続く並木道を歩いていると、後ろから声を掛けられた…ような気がした。

頭の中が本宮涼のことでいっぱいで、想像し過ぎて空耳まで聞こえてしまったらしい。

だから一度頭を振り、本宮涼を頭の中から追い出そうとしたのだけれど、今度ははっきりと「撫子」と聞こえた。

まさかとは思うけど、会いに来たのかとその声の主を探すべく急いで振り返るとすぐそばに人がいた。

「わ。びっくりした。いつの間に?」

振り返ったのはいいけど、近くにいたのは最上くん。
思っていた人物と違うし、すぐ隣にいるとは思わなくて、間近で顔を合わせる形になってしまう。
そのあまりの近さにのけぞるように身を引くと、最上くんの表情は驚きから安堵するような表情に変わり、そして苦笑いを浮かべた。

「どうしたの?百面相なんかして。」

「何度も撫子、って呼んでいるのに気が付かないからさ。無視されているのかと思ってすげー焦った。」

さっきから名前を呼んでいたのは最上くんだったんだ。
あのホストかと思っていたなんて、ほんと、どうかしている。

意識するあまり仕事にまで支障が出てしまったら最悪だ。

もう一度ブンブンと頭を振り、仕事モードに切り替える。

「よしっ!」

「大丈夫か?」

< 47 / 213 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop