【長編】戦(イクサ)小早川秀秋篇
抜け駆け
 秀秋は松尾山城の一室で関ヶ原
の地形図を前に座っていた。そこ
へ戦場を偵察していた兵卒が次々
に戻り、地形図に駒を置き、諸大
名の布陣した様子が徐々に明らか
になっていった。秀秋の側には稲
葉正成、杉原重治、松野重元、岩
見重太郎、平岡頼勝が控えてい
た。それぞれの表情は硬く、皆、
秀秋にすべてを託し戦った日々を
思い出していた。
 そこへ家康の家臣、奥平貞治が
息を切らして入って来た。
「秀秋殿、まもなく始まります。
出陣のご準備を……」
 秀秋は地形図を眺めたまま奥平
に聞いた。
「出陣。はて、我らがここに布陣
したことで勝負はついたはず。後
は家康様が西軍を降伏させればそ
れで終わるはずではないか。それ
に秀忠殿はどうした」
 秀忠は信濃、上田城の攻防で大
砲はあったがその能力を発揮でき
ずに撤退した。その後、関ヶ原に
向かってはいたが、天候の悪化で
大砲の移動に手間がかかり到着が
遅れていた。
 奥平はうつむいて答えた。
「まだ到着しておりませぬ」
 突然、山のふもとから、ときの
声が上がり、そのうち怒号に変
わった。先に動いたのは東軍だっ
た。
 家康が合戦を終結させようとす
る雲行きにあせったのは家康の家
臣だった。このまま終わってしま
えば徳川家にはなんの功績もな
く、豊臣恩顧の諸大名の発言権が
残ってしまう。それにこの優勢な
状況が楽勝できるという驕りを生
み、一気に西軍を粉砕して徳川家
の世にしようと先鋒を任された福
島正則をさしおいて、松平忠吉と
井伊直政が抜け駆けして宇喜多隊
を攻撃したため戦いが始まってし
まったのだ。
 刃を交える音や銃声、大砲の爆
音がけたたましく鳴り響く。
 奥平は見えない外のほうに向
き、焦ってつい声にした。
「始まった」
 松尾山のふもとを警戒していた
兵卒が城内に響き渡るように叫ん
だ。
「徳川勢が攻め手。先鋒は井伊直
政殿」
 秀秋はため息をついた。
(家康が…降伏させればよいもの
を。自分の息子も来んのに…)
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