【長編】戦(イクサ)小早川秀秋篇
 合戦が始まって二時間がたった
頃には大砲の爆音は消え、火箭も
散発的に飛ぶだけになった。
 石田三成は停滞した流れを変え
ようと、味方と信じていた松尾山
の秀秋と南宮山の毛利秀元らに出
陣要請の狼煙を上げたが、いっこ
うに動く気配はなかった。そこで
やむおえず三成、小西行長、宇喜
多秀家、大谷吉継の部隊が動き、
一気に決着をつけようとしてい
た。
 西軍には家康に内応して、東軍
に寝返る手はずの赤座直保、小川
祐忠、朽木元綱、脇坂安治などの
部隊もあったが、いっこうに動こ
うとしない。いや、動けなかった
のだ。
 東軍は家康に振り回されるよう
に慌てて布陣し、合戦が始まる時
も秀忠の到着を待たず、井伊直政
らの抜け駆けで始まってしまっ
た。このことで内応する諸大名に
は家康が何を考えているか分から
ず、二つの疑念がわいた。その一
つは東軍の布陣が整っていないの
になぜ戦いを始めたのか、これは
自分たちと西軍を戦わせて共倒れ
をさせようとしているのではない
かというふうに感じた。もう一つ
はなぜ秀忠がいないのかというこ
とだ。ひょっとして秀忠の兵を温
存しているのではないか。そして
自分達が戦った後、秀忠の三万を
超える兵が現れ、裏切り者の汚名
をきせられて攻撃されるのではな
いかと考えをめぐらし不安になっ
た。悪巧みに長けた家康なら合戦
が終わった後のことも計略を巡ら
しているだろう。
 この合戦に勝利すれば政治は安
定する。そうなれば秀吉も考えて
いたように力だけの武士は必要な
くなる。それに、すぐに寝返るよ
うな者は信用できない。戦った後
の疲れきった将兵なら秀忠の部隊
だけでも容易(たやす)く片付ける
ことができる。 
 寝返る者にはそれだけの危険が
伴う。そこに一瞬の迷いが生じ、
戦う機会を失っていたのだ。
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