【長編】戦(イクサ)小早川秀秋篇
「いずれ名を変え身分を変えて幕
府に入られます。そうすれば毛利
家のお役に立てるのではないで
しょうか」
「そのようなことができるのか」
「はい。それしか豊臣家の縁者で
ある殿の生きる術はありません。
虎穴に入らずんば虎児を得ずと申
します。幕府の懐に入ることこそ
安全と考えておいでです」
「それで我らになにを」
「殿が亡くなりました後、残され
た家臣のいくらかをお引き受けく
ださい。きっとお役に立つと思い
ます」
「それはそうしてやりたいが、わ
れらは減封されて今も家臣を減ら
すことで悩んでおる」
「存じております。家臣としてで
はなくてもよいのです。武士の身
分を捨ててもりっぱに生きていけ
る者が多くいます。荒廃した領地
を復興させた者たちです。どうか
お考えください」
 秀元はしばらく天井を見上げて
考え込んでいたが、意を決した。
「そこまでの覚悟を決めておるの
なら考えてみよう」
「ははっ、ありがたき幸せ。な
お、このことはくれぐれもご内密
に」
 正成は深々と頭を下げ、この大
役を成し遂げた。
 大坂の岡山藩の藩邸に戻った正
成はすぐに秀詮のもとに向かっ
た。
「殿、お加減のほうはどうです
か」
「うん。惺窩先生からいただいた
解毒薬の一つによく効くものが
あった。もう大丈夫だ」
「それは良かった。しかし、殿に
は狂っていただかなければなりま
せん」
 正成は毛利秀元との話の中で考
えついた秘策を打ち明けた。
「ただ狂うだけではいけません。
家康殿の耳に入るように、家臣を
二、三人殺すぐらいの覚悟をして
いただかなければなりません」
「そのようなことをしたら私は切
腹になるではないか」
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