【長編】戦(イクサ)小早川秀秋篇
「何を申す。わしは狂ってなどお
らんぞ」
「それならばよろしいのですが、
正成殿も色々動いているご様子。
ぜひ私も加えていただきたいと思
います」
「稲葉がなんじゃ。何をしておる
というのじゃ」
「何をしておいでかは存じません
が、殿のために働いておるのは分
かります。それに殿の振る舞いが
お変わりになったのも同じ時期か
と」
「では杉原はどうしたいと言うの
だ」
「殿が本当に狂ったように見せた
いのなら、もっとも効果があるの
は忠義に厚い、諫言をするものを
斬り捨てることです」
「それがお前じゃと言うのか。う
ぬぼれおって」
「もちろん他の家臣も私より忠義
の厚い者はおりましょう。しか
し、私より殿に嫌われている者が
他におりましょうや」
「わしがお前を嫌っておるじゃ
と」
「はい、私は日頃から殿に口うる
さくしているものですから、皆は
そう噂して、心配してくれている
者もおります。その私を斬り捨て
れば誰もが殿に逆らわなくなりま
しょう。それが殿をより狂ったよ
うにみせることになります」
「私はそなたを嫌ってなどおら
ん。日頃の諫言、心の中で感謝し
ておった。そなたを斬ることなど
できるわけがないではないか」
「殿の手をわずらわせる気はあり
ません。敵を欺くにはまず味方か
らと申します。これから起きるこ
とに驚かず、今のまま狂ったよう
にお振る舞いください」
「何をする気だ」
「私が殿とお会いする日はもうい
く日もないでしょう。今までご奉
公させていただきありがとうござ
いました」
「杉原…」
「では御免」
 杉原は秀詮が何か言おうとした
のをさえぎり、足早に寝屋を出て
行った。
< 132 / 138 >

この作品をシェア

pagetop