【長編】戦(イクサ)小早川秀秋篇
 人間五十年
 下天の中をくらぶれば
 夢幻のごとくなり
 一度生を受け
 滅せぬ者のあるべきか

 人間界の五十年は天上界からみ
ればたった一日
 眠って見る夢は長いようでも目
が覚めれば一夜が過ぎているだけ

 この世に生まれたら 誰だろう
といつかは死ぬのだ

 信長が本能寺で死去したのが四
十九歳、利休が自刃したこの時、
七十歳。
 信長は人間界の一瞬しか生きら
れなかったが、利休はそれに打ち
勝って長生きした。それを力囲希
咄(りきいきとつ)と表現した。
 力囲希咄とは、剣を振りかざし
た時の気合を入れる声や雄たけび
のことだが、利休は延命が叶わな
かった信長に「やったぞ」とか
「どうじゃ」と言っていると秀吉
は解釈した。また、利休は茶人ら
しからぬ「宝剣」「得具足」「一
太刀」などという言葉を使った。
 利休にとって宝剣は茶器。得具
足とは自分の使い慣れた武器のこ
とだが利休にとっては茶の湯を通
じて得た情報が武器になる。これ
らを利用して一太刀(一撃)で信
長を死に追いやったと自分の力を
誇示している。そしてこのことを
秀吉も知っていて天下を取ること
になった。
 利休が辞世で本当に言いたかっ
たことは、

 信長よ、私は七十年の人生だっ
たぞ、ざまあみろ

 私のこの茶器の価値に 信長は
幻惑され、やがて神仏を崇めず、
自らが神のごとき振る舞いをし始
めた(これは秀吉も同じだ)

 だから私が茶の湯で得た情報を
駆使して信長を一撃で死に誘う
(それは秀吉に天下を 取らせ
た)

 今、私が死んだとしても、他に
このこと(秀吉の共謀)を知って
いる者が秀吉を苦しめるだろう

と、秀吉に対する恨みと脅迫の言
葉だった。
 これに秀吉は烈火のごとく怒
り、従者を呼んだ。
 利休が自刃した部屋に秀吉の従
者が駆け込み、この後、利休の首
は一条戻橋でさらし首にされた。
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