課長と私
しばらくして、会社に救急車が来た。
騒ぎを聞きつけて誰かが連絡してくれたらしい。
緩奈が私の震える体を支えてくれていた。
「この中にこの方の関係者の方、いらっしゃいませんか?そのまま病院での治療になると思うので、近くにいてあげて欲しいのですが…」
「……。」
こんな時でさえ、私の中で歯止めがかかる。
その人は私の恋人なのだと。
大切な人なのだと言いたいのに。
「いらっしゃいませんか?…では病院へ向かわせていただきます。」
「ちょっと待ってください。」
私の肩を抱いていた緩奈が私を救急車の近くまで歩かせる。
「かん…な?」
「この子、連れて行ってあげてください。」
「ご家族か何かでしょうか?」
「家族ではないですけど…その人と一緒にいたほうが良いと思います。いいから、早く連れて行ってあげてください!!!」
半ば強引に救急車の中に座らせられ、緩奈の希薄に負けた救急救命士達が車を発車させた。
車の中は思ったよりも静かで、先輩の体につけられた機械から心拍数の音だけが響いていた。
骨ばった大きな手を両手で包み込み自分の頬に近づける。
少しだけ暖かい。
「亮君…。」
静かな車内の中で、私は先輩が早く目を開けて欲しいと祈ることで精一杯だった。