課長と私
―――亮side
彼女は無防備すぎる。
あの日、本当に焦っていた。
何かがあってからは遅い、何かがあってはならない、と思った。
彼女の部屋に駆け付けた時、ドアノブに手をかけてすぐ彼女の声が聞こえた。
今まで聞いたことの無い、自分の助けを呼ぶ声だった。
そこからの記憶は正直飛び飛びだ。
彼女の上に乗った男を強引に引っ張り下ろし、自分の怒りのまま殴った。
震える彼女をこれ以上怖がらせないように優しく、壊れないように、安心させるように傍にいた。
それからの彼女は自分を心配させないように努めているようだが、気を抜くと少し不安そうな表情をするようになった。
何かにおびえているような、そんな様子だ。
今までは何も言わないまま触れることが出来たが、今回のことでそうはいかなくなった。
彼女の目の前にいる時以外はなるべく声掛けを先にするように意識した。
以前、前触れもなく触れてしまった時、拒絶をされたことがあった。
「ごめんなさい」「違うんです」と弁解をしてくる彼女の姿を見て胸が苦しくなった。
彼女の心にこんなに深く傷をつけたアイツは絶対に許せない。
あの日のことを思い出すことが無いくらい、彼女のことを愛していきたい。
「楓ちゃん」
「…はい?」
「触ってもいい?」
「え?あ…はい」
しどろもどろになりながらこちらに体を向ける。
赤くなり始める頬に触れた。
彼女を怖がらせないため、あの日のことを思い出させないため、順番に地道にやっていくしかない。
本当は、痛いくらいギュッと抱きしめてしまいたい。
こんなに近くにいるのに、簡単に触れられないのがもどかしい。
「あ…あの」
「ん?」
「私から…行ってもいいですか…」
「…大丈夫?」
「先輩…だから、大丈夫です…」
少し緊張したように間を詰めてくる。
静かに首に腕を回してきた。
すごく久しぶりな彼女の感覚。
あの日から1ヶ月が経っていた。