課長と私

「楓ちゃん…大丈夫?」

「……先輩の匂い。」

「俺だからね…」

「へへ…もしかして、ドキドキしてます?」

「……ちょっとしてる。」

「…私も、です」

「背中、触るよ?」

「…はい。」


行く当てのない両手を彼女の背に触れさせた。
優しい彼女の香り。


「先輩…」

「ん?」

「……我慢、してますか…?」

「え…?」


絡ませていた腕を解き、お互いの表情が見える状態になる。


「わ、私…大分回復してきたと思うし……あの…」

「楓ちゃん…無理はしないでって」

「無理じゃないんです…」

「……。」

「無理は…してないんです……。私も、先輩にギュッてし欲しいし…先輩に触れたい…」


ポロポロと涙が落ちる。

どうしたら良いのか分からなくなってしまった。

後から後から出てくる小さなしずくを両手で拭った。


「楓ちゃん、キスしていい?」

「……。」


泣きながら頷く彼女。

静かに唇を合わせた。
涙のせいでしょっぱい味がした。


「もう一回、していい?」

「…何回でも、してください…」

「いいの?…じゃあ泣き止んでね。」

「ん…」


ちょっとずつ距離を縮めながら、浅いところから深く。
こんなに長く彼女に触れられたのは事件前ぶりだ。

ソファにゆっくりと彼女を押し倒した。


「…ッ!」


彼女の上に被さろうとすると、彼女の細い腕が胸の前でこれ以上近づくのを拒んでいた。
その一瞬で動きを止めた。

まだ…だめだ。


「……やめよう楓ちゃん。もうちょっとだけ、時間がかかるんだよ。」

「違うんです…っ…!そうじゃなくて……これは…」


おそらく、先程とは違う意味で涙が流れる。
その表情を見るだけで胸の奥が苦しい。


「先輩…」

「ん?」

「……嫌いにならないで…」

「…………。」


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