その唇に魔法をかけて、
 花城の高級車の乗り心地は極上だった。若干シートは硬いものの、なめらかにアスファルトを滑っていく。

「もう遅い、眠かったら寝てろ」

「いえ、大丈夫です。あの……花城さん、ありがとうございました」

 夜も更けって深夜だというのに、まったく眠気もなく目が冴えていた。さきほどのお礼がまだだったことを思い出し、運転する花城に向かってぺこりと頭を下げた。

「漆畑さんの時も助けてもらって……お礼言わなきゃって思ってたんですけど」

「別に、気にするな。それにお前に謝るのは俺の方だ」

「え?」

 花城の横顔を見ると、その表情は険しい。

「総支配人として、従業員に目が行き届かなかった」

 総支配人として――。

 なぜかその言葉にチクリと胸が傷んだ。それでも一瞬曇りかけた顔を明るいものにする。

「花城さんって、なんだか正義の味方って感じですよね」

「……は?」

 いきなり何を言っているんだというように、怪訝そうな顔をした花城の横目と視線が合う。

「よく日曜日の朝とかにやってるじゃないですか、ピンチの時に必ず現れて助けてくれるヒーローです」

「なにわけわからないこと言ってるんだ。ったく、馬鹿なこと言ってないで少し寝てろ」

「痛っ」

 無邪気に笑っていると素早くデコピンを食らう。そして花城は再びハンドルを握った。

(花城さん……もしかして照れてるのかな?)

 進行方向をまっすぐ見据える花城は絵になる。何度も横目でちらちらと見ながら、先ほど花城に怒鳴られたことを思い出した。
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