その唇に魔法をかけて、
 ――馬鹿野郎!!



 怒声を浴びせられたのは初めての経験だった。あの時は思わず萎縮してしまったが、叱咤された瞬間、美貴は雷に打たれたような衝撃が全身に走った。あの時の感覚が甦りそうになって美貴は身震いを抑えた。


(初めて……私のこと、本気で怒ってくれた人)


(本気で……私のこと、心配してくれた人)


 胸が激しく波打って、膝が震えたのも花城に恐怖していたからではない。魂に刻まれた感情に揺さぶられていたからだ。


 ほんわりとした甘い感情を恋と称して想い憧れたことはあっても、肌が粟立つほどの衝撃が胸をついたことはなかった。恋に“落ちる”というようりも“堕ちる”というような感覚だ。未知の世界へ引きずり込まれる恐怖さえ感じる。


(憧れてただけだったのに……憧れてるだけでよかったのに……)


 花城に対してドキドキや、ほんのり甘い漠然とした感情はあったが美貴はこの時、身も心も全てを花城に持っていかれた気がした。


(私、花城さんのこと……好きになっちゃったんだ)


 美貴は、目の前で流れゆく夜景をぼんやりと眺めながらいつまでも高鳴る胸にそっと手を当てた――。
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