その唇に魔法をかけて、
※ ※ ※




 黎明館まであと約一時間。


 花城がぼんやりと暗闇に浮かび上がるデジタル時計に目をやると、すでに夜中の一時を回っていた。助手席からは、いつの間にかぐっすり眠ってしまった美貴の寝息が聞こえてくる。そんな寝顔を横目で見ながら、花城は小さくため息をついた。



 ――花城さん、どうしてここに……?



 美貴にそう問われた時、花城はその理由に詰まった。


 マルタニ商事の社長秘書に連絡を受けた瞬間、まるで自分の身体が誰かに乗っ取られたかのようになった。冷静さを失い、プライベート専用の車を乗り付けて無心で東京まで来てしまった。それまでの花城の頭の中にはただ美貴のことだけしかなかった。


 そんな取り乱した自分自身に花城はひどく困惑し、控えていた煙草も一本余計に吸ってしまった。黎明館に戻るのか戻らないのかと勝手に選択肢を美貴につきつけたものの、果たしてそれが正しい道だったのかと思うと、花城は考える術をなくしてしまうのだった。しかし、自分の腕の中で震える美貴を抱いた時、そんな無責任な杞憂など吹っ飛ばして必ず自分が美貴を守ると誓った。
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