その唇に魔法をかけて、
「彩乃と一緒じゃないの?」

「はい。買い物があるとかなんとかで街に行っちゃいました」

「そう。彩乃がやっと美貴ちゃんと仲直りできたからよかったって言ってたわ。あの子、一度へそを曲げるとなかなか素直になれなから……それに、陽子のこともごめんね」

仲居頭として監督不行き届きだったと、かえでが長い睫毛を下げて顔を曇らせた。

「かえでさん、私、気にしてませんから。それにいつまでもくよくよしてたら、また花城さんに怒られちゃいます」

 そんなかえでに、にこりと笑って見せる。

「そういえば、美貴ちゃん。支配人と東京でなにがあったの? 教えなさいよ」

茶化すように小突かれると、美貴は東京であった出来事をすべて話した。
本当は挫折しかかって東京に帰ろうとしたこと、花城に怒鳴られて活を入れられたこと、そして気持ちを入れ替えて仕事に臨む覚悟ができたことなど、あの時の花城を思い出すだけでも胸の鼓動が弾ける。

「ふぅん。なるほどねぇ……うふふ」

 すると、かえでが口元を歪め、意味深にニヤニヤしだす。

「さては、響ちゃんに惚れたわね? ほら、顔真っ赤よ」

「えっ!?」

 かえでにそう指摘されて思わず両頬に手をあてがうと、自分でも気が付かなかったが、そこはかなり熱を持っていた。

「いいじゃなぁい、あの子が女に本気で怒るってことは……まんざらでもないかもよ? ふふ、すぐ熱くなっちゃうとこは私の旦那の若い頃にそっくりね」

 笑いをこらえきれなくなったかえでがついに声を立てて笑った。
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