その唇に魔法をかけて、
 かえでが言っていたことをふと思い出すと、切ない思いがこみ上げてきた。

「ったく~。美貴ちゃんってばなんて顔してんのよ」

「だって……ごめんなさい。私、知らなくて」

 安易にかえでの主人について尋ねたことを後悔した。どんな人かなんて聞かれてかえでは辛かったに違いない。

「あれから三年か……。もう涙も枯れちゃって出ないわよ」

 畑野翔は三十三歳という若さでバイク事故で亡くなった。かえではあまり多くは語らなかったが仕事の時とは違い、ここに立っている時だけは“女”の顔に変わっていた。

「やっと好きな人と一緒になれたと思ったら、あっけなく逝っちゃった。結婚生活だってたったの一ヶ月よ? まだ何も始まっちゃいなかったのにさ、こんないい女置いてひとりで死ぬなんて馬鹿よね。だからね、一ヶ月に一回はこうして恨み言を言いに来るの」

 かえではそう言いながら力なく笑った。
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