その唇に魔法をかけて、
第六章 花城の闇
黎明館は有名な温泉老舗旅館だ。それだけに繁忙期、閑散期も関係なく連日の客室は満室だった。特に観光地があるわけでもないが、真夏の気配が色濃くなってくると、海水浴客も増えてくる。それに源泉かけ流しの温泉と趣のある高級宿にリピーターも多い。旅行雑誌でも“宿だけで勝負できる老舗旅館”と度々紹介されている。
「深川さん! 菫の間のお客様から蕎麦殻枕のリクエストがあったから一緒に持って行ってくれる?」
「あ、はい!」
「それと、お茶菓子は梅系が嫌いらしいから別なものを用意して」
「わかりました!」
忙しない毎日に追われ、それでもこの黎明館で働く喜びを感じられるようになったこの頃。今までの甘ったれた気持ちを一掃し、美貴は今日も奔走していた。
「お、頑張ってるな。新人……って、もういつまでも新人じゃないか」
「花城さん」
足早に菫の間へ向かおうとしている途中で、出先からちょうど戻ってきたスーツ姿の花城と出くわした。相変わらず凛としていて、自分に笑いかけるその表情に思わず動きが止まってしまう。
「ん? なに見てんだ?」
「い、いいえ! なんでもありません」
花城と目が合うと撃たれたように心臓が飛び跳ねる。彼と同じ空間にいるだけで気持ちが浮かれて胸が高鳴ってしまう。
「深川さん! 菫の間のお客様から蕎麦殻枕のリクエストがあったから一緒に持って行ってくれる?」
「あ、はい!」
「それと、お茶菓子は梅系が嫌いらしいから別なものを用意して」
「わかりました!」
忙しない毎日に追われ、それでもこの黎明館で働く喜びを感じられるようになったこの頃。今までの甘ったれた気持ちを一掃し、美貴は今日も奔走していた。
「お、頑張ってるな。新人……って、もういつまでも新人じゃないか」
「花城さん」
足早に菫の間へ向かおうとしている途中で、出先からちょうど戻ってきたスーツ姿の花城と出くわした。相変わらず凛としていて、自分に笑いかけるその表情に思わず動きが止まってしまう。
「ん? なに見てんだ?」
「い、いいえ! なんでもありません」
花城と目が合うと撃たれたように心臓が飛び跳ねる。彼と同じ空間にいるだけで気持ちが浮かれて胸が高鳴ってしまう。