その唇に魔法をかけて、
 そう言いながら花城が鼻先を指で軽く掻く。なんとなくその仕草が照れ隠しであるように思えて、思わず頬を緩ませた。

「今夜、仕事が終わったら裏手の道場にきてくれないか?」

「はい。わかりました」

「じゃあな」

 花城がその場を後にすると、彼がいつも付けているフレグランスに再び鼓動が疼きだす。

(やっぱり花城さん、かっこいいな……)

 中高生が大人の男性に憧れを抱く心境と同じだと思っていたが、これは完全に“恋”だと確信していた。しかし、これほどまでに恋焦がれる想いは初めての経験で、彼とどう接していけばいいのか戸惑いさえ覚えた。

(お酒の試飲か……って、もしかして花城さんとふたりきり?)

 花城は藤堂と一緒に試飲をするつもりはなさそうだった。

 安易に返事をしてしまったが、そのシチュエーションを想像すると顔に火がついたようになる。
先日も東京から黎明館へ帰ってくる時、車という密室でふたりきりだった。あの時はそこまで意識していなかったが、今は逃げ出したくなるくらいに動揺してしまう。

 好きな人と一緒にいたい。けれど、矛盾している自分に戸惑いを隠せなかった。
< 161 / 314 >

この作品をシェア

pagetop