その唇に魔法をかけて、
 今夜は宿泊客の宴会が入っていたために、全て仕事が終わった時には十一時近くなってしまった。それでも花城との約束を思い浮かべると胸が弾み、それを励みに一日仕事もはかどった。

「お疲れ! あぁやっと終わった! 美貴ってば、そんな急いじゃってどうしたの?」

 仕事を終えた彩乃が背伸びをしながら更衣室へ入ってきて、いつもと様子が違うと思われたのかきょとんとした視線を向けられる。

「え? う、ううん別に急いでないよ、彩乃ちゃんもお疲れ様ね」

 ひと足先に更衣室で着替えをすませて髪の毛を整えるとロッカーの扉を閉じた。すると、怪しげに目を細めてじっと見つめる彩乃と視線がばちりとぶつかった。

「ふぅん、これはなにかあるね?」

 平静を装っていてもそわそわとした素振りはどうしても隠しきれなかった。すると、何か思いついたのか、彩乃の顔がニヤッとした。

「もしかして、デート?」

「デ、デート!? って、そんなんじゃなくって……」

 確かに、花城から誘いを受けたがそれをデートと言っていいものか迷う。茶化す彩乃に乾いた笑みを浮かべていると、無言で陽子が更衣室へ入って来た。

「お疲れ様です」

「……お疲れ様」

 挨拶を交わしたが、相変わらず彼女は仕事中でもぶっきらぼうな態度だった。身に覚えのない因縁をつけられ、彼女からの謝罪はいまだにない。それは百歩譲って気にしないことにしているが、仕事中でも私情を挟んでくることに辟易していた。だからマルタニのことがあって以来、陽子とはあまり仕事以外ではかかわらないようにしている。
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