その唇に魔法をかけて、
「陽子さん、かえでさんにこっぴどく怒られたみたいだよ」

「え?」

 耳打ちするように彩乃がこそっと美貴に囁く。それが聞こえたのか、陽子が眉を歪めながら唇を噛んだのがわかった。

「怒られたって……どうして?」

「どしてって……美貴はなんとも思わないの? 陽子さんが美貴にしたことって明らかに陰険な嫌がらせだったでしょ? 私も美貴にはひどい態度とっちゃったけど……やっぱり、陽子さんが美貴の悪口言ってるの聞いてて心苦しかったよ」

 確かに、陽子に言われたことを思い出すと今でも嫌な気分が蘇る。

 いつまでも過ぎたわだかまりに鬱々としていてはいけないのはわかっているが、かといって明るく陽子に話しかけて「一緒に頑張りましょう」と言えるようなお人好しにもなれなかった。

「美貴? 美貴ってば! 急いでるんじゃないの?」

「え? あ、そうだった!」

 気まずそうな陽子に気を取られている場合ではなかった。彩乃に声をかけられてハッと我に返る。

「ほら、やっぱり急いでるんじゃない」

「もう、彩乃ちゃんってば……」

 花城との約束を思い出し、美貴は更衣室を後にすると足早に道場へ向かった。

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