その唇に魔法をかけて、
 薄暗い黎明館の裏手に回り道場へ近づくと、切れのいい的を射る音が聞こえてきた。花城がすでに道場にいる証拠だ。

(あ、花城さんいた)

 美貴の足音にさえ気づかないくらい、花城はその一矢に全神経を集中させていた。獲物を捕らえるかのようなその鋭利な視線は、いつ見てもゾクリとさせられる。そして花城が放った矢は、ぶれることもなく見事に的の中心に突き刺さった。今日も絶好調のようだ。

「あぁ、来たか。お疲れ」

「お疲れ様です」

いつ見ても花城の袴姿は雅で見とれてしまう。上品に着こなしたスーツももちろん好きだったが、袴姿はまた違った色気を感じた。

「もうこんな時間か、忙しかったか?」

「いいえ、花城さんも今までお仕事だったんですよね?」

「あぁ、さっき終わって気分転換に弓を引いていた。やっぱりこれが一番ストレス解消になるな」

 花城はニッと笑って縁側にあぐらをかくと、早速新規で仕入れた日本酒の酒瓶を並べた。
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