その唇に魔法をかけて、
 好きな人とふたりきりで同じ時間を過ごしている。それだけで十分だと、余計な欲は持ってはいけないと思うのに、このまま時間が止まって欲しいと思う自分がいる。
 
 するとその時、縁側に静かに光を落とす月が雲に隠れて薄暗くなる。先程まで饒舌だった花城も今は黙って静かに酒を煽っている。彼の横顔を盗み見ると、酒で潤んだ唇がなんとも魅惑的で思わず見とれてしまった。

(なんかドキドキしてきた……きっとお酒のせいだよね?)

 しかし、そんな花城には好きな人がいる。

 今も好きな人がいるのかどうか、当然尋ねる勇気はない。彼の心を虜にした人とは、いったいどんな女性なのだろうかと想像が果てしなく膨らんだ。

(花城さん、今、なにを考えてるのかな……?)

 沈黙が続くとなぜか胸がざわついて落ち着かない。聴こえてくるのは風がそよいで葉が擦れる音だけだった。すると、雲に見え隠れする満月を儚げな表情で見上げていた花城が不意に口を開いた。
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