その唇に魔法をかけて、
「それにしても、何も知らない籠の中のお嬢様がいきなりこんな田舎の旅館で仲居なんて……お前もずいぶんタフなやつだよな」

 美貴の心配げな視線に気づいたのか、明るい口調で花城がぱっと表情を変える。

「……それは、最初は戸惑うこともありましたけど、みなさんのおかげだって思ってます。それに花城さんはちゃんと黎明館を継いでるじゃないですか、私は……まだまだ経験不足だって言われて……ほんと情けないです」

 未熟な自分に肩を落とすと、花城は力なくふっと笑った。

「お前な、俺と十も歳が離れてるんだぞ? ヒヨコの尻に殻がついたような歳で俺と同じだったら立場ないだろ」

「そ、それは、そうですけど……」

 花城にまだ子ども扱いされている。そう思うと別の意味で落ち込んでしまう。

「前にも話したと思うけど、俺なんか高校の頃からやんちゃして、親父が病気で倒れるまで本当の自分の道がわからなかった。せっかく親父が継いだ黎明館も、俺のせいで一時期潰れかけたことがあるんだ」

「え?」

 花城の将来は必然的に決まっていた。それに反発するように、花城はろくに高校もいかず、やりたい放題やっていたという。荒んでいく自分と反比例するように、急成長する黎明館が気に入らなかった。巷の暴走族に所属し、総長まで成り上がった頃に父の龍也が病に倒れた。
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