その唇に魔法をかけて、
(そういえば、花城さん、かえでさんの旦那さんが亡くなってからバイクに乗らなくなったって……)

 罪の十字架にかけられた花城の姿がふっと脳裏に浮かび、首を振ってかき消す。

「花城さん……」

「だから、俺に関わったやつは必ず不幸になる。一番身近な人間を……不幸にする」

 花城が膝の上でぐっと拳を握った。その苦しい胸の内がひしひしと伝わってくるようで胸が締め付けられた。言葉にできない辛さがふたりの空気を澱ませる。

「やめてください。藤堂さんやかえでさんに花城さんのせいで不幸になったって、そう言われたんですか?」

「え?」

 これ以上、こんな落ち込んだ彼を見たくない。自分を責め続けることが贖罪なのだ。そんな花城をどうすれば解放できるのか。

「花城さんらしくないです」

 腹の底からこみ上げる言葉を口にすると、花城は眉根を歪めた。明らかに反感を買ったような表情だ。

「俺らしくない? 俺のらしさってなんなんだよ? お前は俺のなにを知っているって言うんだ!」

 感情に任せて声を荒げる花城は、今までに見たこともないくらい余裕もなく、何かに追い詰められていた。見据えてくる彼の視線から逃れることなく、美貴はじっと怯むことなく見返した。その漆黒の瞳の奥に、ヒーローのようにかっこよくスマートな花城とは違う、もうひとりの闇の部分を抱えた花城の姿が垣間見えた気がした。

「俺は……俺は、そのうちお前を不幸にしてしまうんじゃいかって、そう思うと怖いんだよ!」

「花城さん! もうやめて!」

 パンッという乾いた音が静寂に響く。気が付くと、高ぶる花城の感情を抑制するように彼の左頬を打っていた。
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