その唇に魔法をかけて、
 ふと、先日かえでに言われた言葉を思い出した。しかし、かえでに言われたから花城を叩いたわけではなかった。自身を追い詰める花城を見ていられなくて、そう思ったら勝手に手が動いていた。一瞬驚いた顔をしていたが、花城はすぐに我に返った。

 常に毅然と振舞っている花城が心を乱しているのを目の当たりにした。その瞬間、心のどこかで嬉しいという、この場に似つかわしくない感情が生まれた。なぜならば、花城が自分の弱い部分を表に出すところを初めて見たからだ。いつもの花城からは想像もつかないことだ。すると。

「きゃ……!」

 不意に腕を取られ、気がついたら花城の温かな胸の中へすっぽり収まっていた。雄々しい腕を回されて、じんわりとした体温が身体に染み込んでいく。

「はな、しろさ――」

「お前。この俺を叩くなんて……ったく、見上げた根性だな」

 先ほどの弱気な表情はすっかり消え失せ、花城は不敵な笑みさえ浮かべている。

「花城さんがあまりにも――」

「あんまり俺を本気にさせるなよ」

「っ……!?」

 美貴の言葉にかぶせるように花城が今にも耳朶に唇が触れてしまいそうな距離で囁いた。その声は心地よくて、艶を含んだ声音だった。自然に肌が粟立ち、耐え難い愛おしさがこみあげてくる。

「もう少し……こうしてていいか?」

「……はい」

 花城に好きな人がいたとしても今だけこの温もりを独り占めしたくて、その腕にしがみつくようにして顔を埋める。

(花城さん……好きです)

 何度も心の中でそう呟いて、花城の温もりに包まれながら恥ずかしさと幸せな気持ちで身を竦めた。

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