その唇に魔法をかけて、
「あぶない!」

 誰が叫んだのかわからなかったが、劈くようなクラクションと黒い車が自分に向かって押し迫ってくるのが見えて、美貴は目を見開いて咄嗟にしゃがみこんだ。

(轢かれる――!)

 今にも発車しそうなバスに気を取られて反対車線から車が来ていたことに気付かなかった。これから襲われる衝撃と痛みを覚悟していたが、車はけたたましいブレーキ音とともに寸でのところで止まった。

(あ……れ?)

 恐る恐る目を開くと、目と鼻の先に車のバンパーが目に飛び込んできてぎょっとした。車の運転手があと一秒でもブレーキを踏むのが遅かったら、きっと轢かれていたに違いない。そう思うとさっと血の気が引いて、くらくらと視界が歪み目眩を覚えた。

 唖然呆然としていると、運転席とその後部座席に座っていた男がふたり、血相を変えて出てきた。
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