その唇に魔法をかけて、
「なんたる偶然! もしかして、政明の娘さん?」

 龍也はそう言いながら、下ろしたサングラスを外して胸ポケットに畳んでしまった。

「はい。父とは学生時代からのお付き合いだそうで……」

 父の名前が出た途端、一気に親近感が湧く。先ほどまでは誘拐犯じゃないかと疑っていたのに。

「なぁ~んだ! そうだったのか、君が政明の娘さんだったのか! あぁ、車で轢かなくて本当よかった。そんなことにでもなったら政明にどんな顔していいかオーマイゴッドだ……そうか、そうかぁ、ずいぶんべっぴんになっちゃったね。おじさんびっくりだ」

(え……?)

 最後に言った龍也の言葉に引っ掛かりを覚えた。まるで昔の自分を知っているかのような口ぶりだったからだ。

(そういえば、私、黎明館に昔行ったことがあるって言われたけど……花城さんのお父様は、私のことを知っているんだ)

 相手には記憶があって、自分にはない。もし、なにか思い出せれば話も弾むのに。そう思うと歯がゆかった。

「何事もスムーズに事が運べばいいな。なぁ、香川?」

「そうですね」

 香川と呼ばれた運転手は相変わらずポーカーフェイスでにこりともしない。

「あの――」

「さ、着いたよ~。温泉でも入ってさっぱりするかな」

 いつ頃、自分が黎明館に来たことがあるのか、詳しい話を聞こうと口を開いたと同時に、車は黎明館の門をくぐり、美貴はそのタイミングを失ってしまった。
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