その唇に魔法をかけて、

第八章 記憶の中の真実

　――お兄ちゃん。どうして泣いてるの？

　――う、うるさいな、泣いてなんかねぇよ！

　――だって、ほっぺた濡れてるよ。わかった！　あたしが元気になる魔法をかけてあげる。


「っ!?　な、なんだ……夢か」

　花城がベッドの上で勢いよく目を覚ますと、テーブルに乗ったままのウィスキーボトルと炭酸水の入っていた空の容器が視界に映る。

　突然に父親が現れて気が立っていたせいか、昨晩は疲れているはずなのに寝つきが悪く、結局酒に頼ってしまった。

　のろのろとベッドから起き上がると、海辺のよく見えるテラスに出て、朝一番の真夏の潮風を胸いっぱいに吸い込みながら全身を伸ばすように背伸びする。

　花城の住んでいるマンションの住人は、このマンションをほとんどセカンドハウスとして利用している。白いタイル張りのマンションで小高い場所にあるため、青い海を見下ろすことができる。そして今日も変わらず水面が真珠を散りばめたように煌めいていた。