その唇に魔法をかけて、
「総支配人の茶葉はこっちの棚にしまうようになったんだよ」

 不意に後ろから声をかけられて振り向く。すると、別の棚から花城専用茶葉を取り出す陽子がいた。

「陽子さん……」

 挨拶程度は互いに交わすが、彼女とふたりになるとなんとなく気まずかった。しかし、いい加減に胸につかえたわだかまりも清算しなければならない。そう思ってにこりと笑ってお礼を言うと、陽子は茶葉の入った缶を手渡して力なく微笑んだ。

「すみません。私、今回初めて総支配人にお茶出しするので……ありがとうございました」

 この仕事を始めてから、お茶の淹れ方も板についてきた。自然と慣れた手つきでいつものように淹れていると、なぜか陽子がティースプーンを差し出してきた。

「総支配人のお茶はちょっと変わってて、ティースプーン一杯の砂糖を入れるんだよ」

「え……砂糖?」

 陽子がクスッと笑った。初めて見る嫌味のない笑顔にお茶を淹れる手が止まる。

「お茶なのに、なにかの栄養ドリンクみたいな感覚で飲んでるから」

(お、お茶に砂糖!? 聞いたことないよ……)

 確か小学校の時に、遠足で友人が麦茶に砂糖を入れて持ってきているのを見て驚いたことがある。けれど、緑茶に砂糖なんてどんな味がするのか想像もつかない。

 もしかしたらまた陽子にからかわれているとも思ったが、冗談で言っている様子でもないようだ。

「わかりました。入れてみます」

「……あのさ、今更だけど……色々ごめん」

 その時、陽子が目を泳がせながらぼそりと呟いた。美貴に目を合わせる勇気はまだないらしく、もじもじと指を動かしている。
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