その唇に魔法をかけて、
「嫉妬してたんだ。可愛い子が都会からこんな田舎の旅館にきてさ、少し嫌がらせしてやったらすぐに辞めるだろうって思ってたけど……あんた案外タフだし、自分でも間違ってるって思ってても、もう引っ込みつかなくなっちゃって……」

 自分よりも年下に謝るなど、陽子にとってはプライドが邪魔して相当悩んだに違いない。それでも頭を下げる陽子に、怒って責める気になれなかった。

「いいんです。私、もう陽子さんに何されたかなんて覚えてませんから」

 なにか言い返されると思っていたのか、意外な返答に陽子が顔をあげる。

 今まで泳がせていた視線と合うと、ほんの少し彼女の瞳が揺れたような気がした。

「深川さん……ありがとう。そうだ、明日、毎年恒例の花火大会があるでしょ? それに総支配人誘ってみたら? たぶん、明日はどこにも外出の予定なかったはずだよ」」

「えっ!?」

 陽子の提案に思わず盆に乗せたグラスを落としそうになって慌てて体勢を整える。

「気をつけなね」

 そう言いながら陽子はクスクス笑って、自分の持ち場へ戻っていった。

(もしかして、私の気持ち……結構バレてる?)

(陽子さん、それを知ってて花城さんの予定を教えてくれたのかな?)

 花城と花火大会へ行く妄想が膨らむのを押さえ込んで、とにかく早くお茶を持って行こうと、総支配人室までの廊下を小股で歩く。
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