その唇に魔法をかけて、
 開いた窓から熱を載せた風が入り込んできて、日中の厳しい暑さを予感させた。

 総支配人室に近づくと、なにやら話し声が漏れ出ている。その部屋に立ってドアをノックしようとした時だった。

「だから! 僕は昔から響也のそういうところだ大嫌いだったんだよ!」

「っ!?」

 部屋の中から聞こえてきた怒声に驚いて思わず息を呑んで、ノックしようとした手が止まった。

(今の声って……藤堂さん?)

 確かに藤堂の声だった。いつもは温厚で、声を荒らげて怒鳴ることなど一度も見たことがないし、想像もつかない。

「あぁ、上等だ。大嫌いで結構」

 その声が聞こえると、藤堂の相手は花城のようだった。

 花城と藤堂が口論しているなんて、一体何があったのか。笑い声ひとつない緊迫した空気がドアの向こうから伝わってくる。

「深川さんにはどう説明するんだよ?」

「お前の口から言ってやればいいだろ? 俺には関係ない。あいつは俺に近づかない方がいいんだ」

(近づかないほうがいいって、どういうこと……?)

 このまま部屋に入れず、ただ立ち尽くしていると冷茶に浮かべた氷がカランと音を立てて崩れた。
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