その唇に魔法をかけて、
 美貴が黎明館に来たのは、世間知らずのお嬢様が世の中を学ぶため、親元を離れて修行するのだと素直にそう思っていた。それに、二年前、心奪われた彼女に再び会える。しかし、そんなふうに浮かれていたのは自分だけだった。知らないところで裏があったのだと思うと、花城は滑稽で無性に腹が立ってしかたがなかった。

 藤堂はずっと今まで打ち明けられなかった後ろめたさからか、ひとこと“すまない”と謝った。花城はそれを聞いて一発殴ってやりたい衝動にかられた。

 藤堂には幸せになって欲しい。幸せになる権利があるのだ。だから、たとえ美貴が藤堂の許嫁だったとしても、花城は何も言わず身を引くことを考えていた。しかし、藤堂は花城の気持ちには勘付いていて、身を引こうとする花城に激昂した。

 藤堂も同じく美貴に好意を寄せているのはわかっていた。互いを思いやるからこそ言い合いになってしまった。しかし、初めから自分の存在がなければ、藤堂はなにも躊躇うことなく己の気持ちに素直になれるはずだ。

 すべて自分がいけないのだ――。
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