その唇に魔法をかけて、
「あ、かえでさん、すみません、まだこっちの掃除終わってなくって……後で頼まれていたお花も生けておきますね」

 かえでの気配に気がついてにこりとするも、目元の皮膚が乾燥してうまく笑えない。

「ありがとう。それでさ、美貴ちゃん今夜暇? 時間あったらふたりで飲みに行かない?」

「え? えぇ、予定はありませんけど……」

 かえでからこんなふうに個人的に誘われたのは初めてだった。ましてやふたりで飲みに行くなんて、どういう風の吹き回しだろう。

「わかりました。じゃあ、仕事が終わったら更衣室で待っています」

「よかった。じゃあ今夜ね」

 かえでは片手をさっと振って廊下の奥へと消えていった。

 初めてかえでから飲みに誘われた。その理由に思い当たることといえばただひとつしかなかった。

(どう考えても花城さんとのこと……だよね?)
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