その唇に魔法をかけて、
 その夜。

 早めに仕事が終わった美貴はかえでと時間通りに待ち合わせをして市街地へ出向いた。

 かえでに連れてこられた飲み屋は、大通りを小脇に入った昭和の匂いがプンプンするようなレトロな居酒屋で、この界隈では結構穴場スポットらしい。

「私が昔から飲みに通ってる店なんだ。東京みたいにおしゃれなバーとかはこの街にはないから、美貴ちゃんには雰囲気が合わないかもしれないけどね」

 かえでは真っ白いパンツにラフなサマーニットを着ていて、着物からではわからないが相変わらずスタイルがいい。見れば見るほど羨ましく思ってしまう。

「そんなことないです! でも、赤ちょうちんがぶら下がってる飲み屋さん……実は初めてです」

 緊張気味の美貴を横目にクスクスと笑うと、かえでは壁にベタベタと貼り付けてあるメニューに視線をやった。

 中年夫婦がふたりで営んでいるその居酒屋には、数人の客がカウンターに座っていて、店内は焼き鳥の煙がうっすらと立ち込めていた。

「ここ、焼き鳥が美味しいの! ビールも最高に美味しく感じるわ、はい! かんぱーい」

 大ジョッキに注がれたキンキンに冷えたビールをかえではグビグビと煽ぐ。その飲みっぷりに連れられて、美貴もレモンサワーに口をつけた。
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