その唇に魔法をかけて、
※ ※ ※


 美貴は緊張した面持ちで朝礼に臨み、藤堂から皆に紹介された。もちろんグランドシャルムの令嬢であることは伏せ、単身東京から来たことだけを伝えると、皆物珍しそうに美貴を見ていた。

「ねぇ、深川さんって今年大学卒業したってことは今、二十二歳?」

 朝礼が終わり、解散すると美貴と同じ年頃の仲居が声をかけてきた。栗色の柔そうな髪をキリッとまとめあげ、眉毛以外化粧っ気はないが、素顔だけでも可愛らしい印象の子だった。

「はい。今年二十二になります」

「なんだ! じゃあ、私と同じだね! 私、桜木彩乃。ここの従業員みんな私より年上ばっかりだから、同じ年の人が入ってくれてなんだか嬉しいよ。よろしくね」

「こちらこそ、よろしくお願いします」

 彩乃が気軽に話しかけてきてくれたおかげで、先程までガチガチに緊張していた身体がほぐれていった。

(よかった、仲良くしてくれそうな子がいて)

 安心した表情をすると、彩乃は嬉しそうに言った。

「今度から美貴って呼んでいい? 私のことは彩乃って呼んで。それから同じ年なんだから敬語はナシ! ね?」

 いままでにないフレンドリーな人柄の彼女に、美貴は思わず戸惑いそうになってしまう。けれど、見知らぬ土地で見知らぬ職場で仲良くできる仲間がいると心強い。

「は、はい……あ、じゃなかった、うん、わかった」

「美貴って独りで東京からここまでわざわざ来たの? 他にもたくさんいいホテルとかあるのに……? もしかして、ワケあり?」

 彩乃が美貴の顔を覗き込んでニッと笑った。




 ――いいか? ここでうまくやっていきたければグランドシャルムのことは誰にも言うんじゃないぞ?
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