その唇に魔法をかけて、
※ ※ ※

「はい、やり直し」

「え? は、はい! すみません」

 美貴が仲居として働き出し、一番手こずっているのが布団の敷き方だった。生まれてこの方、座敷布団で寝たことがなく、敷布団の上にマットレスを置いたりシーツに皺が寄ってしまったりして思うようにいかない。美貴はこうして毎日のようにかえでに特別に特訓されていた。

「お客様が寝る時にシーツがこんなに寄れてたりしたら嫌な気分になるでしょ?」

「はい」

 何もかも客の立場になって仕事をしなければならない。

(うちのホテルの人たちも、私の知らないところでこんな気遣いしてたんだな……)

 改めてご苦労様です。と胸の中で呟くと再びかえでの厳しい声が飛ぶ。

「こら、ぼーっとしない」

「はい!」

 美貴ははっとなってもう一度かえでに教わった通りに布団を敷き始めた。
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