その唇に魔法をかけて、
「そうなんですか、じゃあ、お先に失礼します」

「ちょっと待ってください、もしかして、ひとりで帰るとか?」

 てっきり彩乃を待つのかと思いきや、ぺこりと頭を下げて帰ろうとする美貴に藤堂が呼び止めるように声をかけ
た。

「はい、桜木さんと一緒に帰ろうかと思ってたんですけど、でも大丈夫ですよ、近いし」

「だ、だめですよ!」

 藤堂がらしくもなく声を荒らげると、美貴は目を丸くして驚いた。

「し、失礼しました。けど、こんな夜道を女性ひとりで歩かせるわけには――」

「じゃあ、俺が送っていってやる」

 自分と藤堂以外のその声に美貴が振り向くと、そこには私服姿の花城が立っていた。デニムのジーンズに白いシャツの上からカジュアルなジャケットを羽織っている。黎明館で仕事をしている時のスーツ姿の花城とはまったく印象が違って見えた。

「えっ、で、でも……」

「いいから、早くしろ」

 戸惑う美貴を無視して花城が歩き出す。美貴は藤堂にぺこりと頭を下げると花城の後を追った。

「美貴……」

 その時、廊下の陰から花城と美貴をじっと見つめる視線があった。美貴に声を掛けようとしたが、花城が送っていくと言うのを聞いたため出るに出られなくなってしまったのだ。モヤモヤとしたものが湧き上がると、彩乃はバッグの持ち手にぐっと力を込めた――。
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