その唇に魔法をかけて、
※ ※ ※

 従業員駐車場は黎明館の敷地内にあり、裏手の道場の近くにあった。

「ほら、乗れ」

 助手席に乗るように促されて美貴が乗り込むと、ほんのり煙草の香りが鼻をくすぐった。その匂いが、なんとなく大人ならではの香りのように思えて花城が運転席に乗り込んでくると美貴はドキリと心臓を跳ねさせた。

「花城さんって煙草吸うんですか?」

「なんだよいきなり……あぁ、仕事中は服に匂いがつくから、大抵は仕事が終わってから一服する程度だ」

 美貴は花城が煙草を咥えて紫煙を燻らせている姿を想像してみた。その姿を実際に見たわけではないが、次第にドキドキと鼓動が胸打ち始めた。

「あ、あの、花城さんはどこにお住まいなんですか?」

「この近く」

「近いのに車通勤なんですか?」

「ああ」

(花城さんって案外無口、なのかな……?)

 話しかけても端的な返事しか返ってこない。その場の空気に行き詰まりそうになっていると、花城が口を開いた。

「お前、まだ時間あるか? 疲れてなければ少し付き合え」

「え? あ、はい。どこに行くんですか?」

 花城の横目と視線が細められる。まるで秘密だと言われているようだった。美貴が頷くと、花城はアクセルを踏み車を走らせた――。
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